神社・寺・観音寺その他

神社・寺・観音寺へ戻る

中原観音堂

本尊は1935年片上海岸より引き上げられた、高さ18センチメートルの陶製の観音像で、秘仏として観音堂に安置され、年に一回開帳されている。 1978年本尊の姿を刻んだ代わりの観音像を作成し、御堂を建て一般公開している。 敷地内に豊川稲荷神社がある。 場所:丸山 行く方法は3つは最低ある。 もじ高校下バス停下車で登る。  風師山を広石から登る、この場合車で途中まで行ける。 平山観音寺から山道を登る方法。
宮地嶽神社跡 古くは筆立山にあったものがこの地に移ってきたものといわれる。 第2次大戦での空襲により焼失し、そのまま廃社となる。場所:畑田町 関門国道トンネル入り口が畑田町になる。

宗童の祠

旧門司村に「宗童爺さん」と呼ばれる正直者がおり、広石の浜で千両箱を拾い、地神様のお告げで拾ったお金を元に次々と船 を造り、 瀬戸内海や長崎方面へ廻船し一代で巨万の富を築いたという民話が伝わっている。 場所:旧もじ2 

津村神社

1908年今津の八坂神社に合祀されたが、後に社殿が再建され、1989年に修復された。かつて旧暦9月晦日夜に船で津村明神を今津の八坂神社へ遷し、翌日舞神楽を奉納し再び船で島へ戻すという神事が行われてた。昔、美しい津村島の女神(津村明神)を苅田沖の神島(こうのしま)の男神と喜多久の蕪島の男神が争っていたが、曽根沖の間島の老神が仲裁に入り、津村明神は蕪島神に嫁ぎ、神島神には間島神の娘が嫁いだという伝説が残っている。 伝説地

巌観音

本尊は十一面観音像である。 1184年敗走した平家の残党がこの山中に明かりを見つけ、そこに辿り着くと自然石に十一面観音が 現れ、この地の霊泉で傷を癒したのが始まりとされる。